36歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。飲食店。乳児の母。育児の不安に加え、なにかと不安な36歳。

産院選びと、初めての気持ちと

さて、市販の検査薬で陽性反応が出た以上、なににせよ産婦人科に行かねばなるまい。

今の住所にやってきてから内科や皮膚科、心療内科や歯科は調べたりお世話になったりしたが、産婦人科には用事もないと思っていたため気にしたこともなかった。
近場を検索すると案外その軒数は少なかった。

「何となく、最初は個人の病院が良いなあ…」

陽性反応を嬉しく思う反面、子宮外妊娠の恐れやすぐに流れてしまうのではないかという不安が強かったのである。
年齢的な部分以上に、人の何倍も不健康な暮らしをしている我が身を思うと本当に妊娠しているのか疑わしくて仕方ない。
というより自分なんぞが本当に赤ちゃんを授かっているのであろうか。誠であれば嬉しいが、嘘ではなかろうか。望んでいたにもかかわらず、身の上に起きたということが信じられないのである
陽性反応、もとい使用済みの検査薬は念のため夫にも確認してもらったものの、実は夫婦そろって見間違いをしていて産婦人科よりもそろって眼科に行け、とでも言われやしないだろうか。

今振り返って思う。この先妊娠期間全般に至るまで私を悩ませる、超破壊的な「情緒不安定」が既にスタートされつつあった。

胎嚢、心拍などをちゃんと確認できるのかも分からない中、もやもやと複雑な思いが渦巻く胸で大きな病院にいきなりかかるのは、何だかライフスタイルを叱られそうで気が引けていた。子供の頃に病気をした関係で大学病院に入院したり、退院後もしばらく通院したため大きな病院の空気感が嫌なのもあった。もちろん今後の経過によっては大きな病院に通わざるを得ないケースもあるだろうが、まずは妊娠の確定についての診察を求めているのだ。

また探していた範囲内には気合の入った最新のレディースクリニック的なところも数軒あったが、そのようなクリニックは比較的都心にありオシャレさも醸し出していた。
ネイルやマツエクのびしばしキマった「私、稼いで自己管理バリバリなの」もしくは
「ママになっても女子は女子」的女性の通うような場所ではなかろうかという先入観が先走り、自分が行くにはそぐわない気がした。そもそも大体の確率で、そういうところの院長自身が、びしばしマツエクのキマっている女医の可能性が高い。

産婦人科という科の特性上、同性の医者を望む人は多いようだが、私はそこについてはどちらでも良いと考えていた。望むのは、オッサン先生でも美人女医でも何でも良いから、穏やかさである。こちとらこの目で見たものすら嘘か誠か分からない状況に陥っているのだ。どうか穏やかなところで診療を受けたい
補足するとすれば、どうやら私はマツエクがびしばししている場合には例え同性であろうと穏やかさを感じない、ということなのであろう。


更にいえば自宅からある程度近くないと困るが、店と近すぎるのも嫌だというわがままな望みもありずいぶん悩んだ。


ここにしよう、と決めた先は自宅からタクシーで15分くらいの小さな産院であった。
お世辞にも綺麗とか最先端という言葉は似つかわしくない、私にとってはお望み通りの産院といえる。古い古い建物で、これだ、ここぞ、という感じだ。お世話になっておいて誠に失礼な発言だが、何も知らずにその前を通りかかったら廃院かと思う。

口コミなどを拝読した限り、院長先生であるオッサンがだいぶ個性的らしい。
「感じは特に良くないし、ぜったい奥で犬飼ってるし、院長タバコ吸ってる」などとの書き込みもあった。
ただ、読んでいるとエピソードの多い院長であることが伺えた。
無事に出産に至った方以外にも、残念なことに流産の処置をすることとなった方の書き込みで「一緒に落ち込んでくれた」とあったり、急きょ総合病院へ搬送になってしまった産婦さんの書き込みでは「深夜一緒にタクシーに乗り込んでくれた」とあったり、産後の入院中「院長自ら食事を運んでくれるときもあった」などなど小さな産院だからこその事情が垣間見えるものの、人間味のある産院なのであろうと感じたのでそこにお願いすることにしたのである。


店の定休日が火曜であるため、さっそく次の火曜に行ってみた。初めて産院にかかるその日は、小雨が降っていた。

受付をしてもらいながら、ふと診察室にかかった医師名の札を見ると、噂の院長ではないではないか…!

おいおいちょっと待ってくれよ、と内心オロオロしつつ待合室に貼られたあらゆる張り紙を読んでいると、この春から火曜だけ別の女医さんが担当しますという旨が書かれていた。

 

「……。」

致し方ない。どのみち私は火曜にしか通えないのだ。
採尿をし、順番がきて中へ案内される。たいして待たなかったのは有り難かった。


中に入ると、とても淡々とした40代とおぼしき女医さんがいらっしゃった。マツエクがびしばしはしておられなかった。結論から言うとこの後長くお世話になる先生だ。

既に市販の検査薬で陽性反応が出たことを告げ、血圧などを測られつつ最終月経日について質問された。

これがまったく分からない。
数年前は手帳に真面目に生理や体温を記録したりしたが、店を始めてからというもの自分の手帳には発注したワインだの、業者の支払いがどうだのの事しか記録されていない。
ただこれだけ不規則な生活でありながら生理は比較的規則正しかったので、確証はないもののおおよそ「これくらいの時期?」という日付を女医さんと設定し、エコーに入った。


あれよあれよという間に、私の子宮の中とやらが映し出される。先生の操作するエコーの様子を黙って眺める。


「ちゃんと子宮の中に妊娠してますよ。これが胎嚢です、もう心拍も確認できますね。しっかり動いてる」

そう言って画面上の小さな袋のようなものを指して先生は話し始めた。そして

おめでとうございます、

と言われた。

 

 

そうかあ、と、初めてのような懐かしいような感情が広がっていく感覚を覚えた。水面の波紋のようにゆっくり広がっていく。そしてそれはつい先ほどまで細かく数え上げていた不安をすべてさらっていってしまうような力強さを備え、にも関わらず決して荒々しさのない不思議な波であった。

同席していた夫いわく、その時私は涙目で笑っていたそうだ。初めて味わう気持ちであった。続く。