36歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。飲食店。乳児の母。育児の不安に加え、なにかと不安な36歳。

伝えるタイミングと増えすぎる体重

一般的に、妊娠を職場などへ報告するタイミングは安定期以降といわれている。中には6、7か月まで報告を待つケースも多いと聞く。そりゃあそうであろう、万一の事態を思うと悲しい報告を多くの他人にするのは御免被るし、そもそも妊娠自体がごくプライベートなことと考えるのであれば、ある程度落ち着いてから人には伝えたいものである。


私はというと、妊娠が判明した頃から少しずつ、親しいお客様を中心に比較的早い段階でご報告させて頂いていた
いかんせん「よく泣く」がデフォルトの日々であったため精神状態が悪すぎたのと、これまで営業中には絶対座らないスタンスでやってきたのだが、座れるタイミングではキッチン奥でなるべく座るようにしていきたかったからだ。今まで座ることのなかった人間がいきなり座ると、普通にどうしたの?と不思議に思われてしまう。また風邪などによる体調不良と思われてしまう方が飲食業としてはイメージも良くない。
更に付け加えるとお店の特性上お客様からお酒を頂く機会が多いため、その都度お断りする理由をこしらえるのもかえってご心配をおかけするので早めにお伝えするようにしていた。


もちろん、内心では「あまり言いたくないな…」とも思っていた。妊娠が健やかに継続するなんて保障はどこにもないし、冒頭に触れた通りで万一の事態には、お伝えした方々の数だけ、今一度悲しい報告を改めてし直すのかと思うと本当に嫌であった。

しかし、そのように思う反面で

「けど安定期前が一番不安定で大事をとらなきゃいけないわけでしょうよ、流産の確率が一番高いっていうのに。つわりもあるし無理ができないし、見た目で妊婦と分かる時期でもない。本来なら一番言葉で伝えて然るべき時なのに。」とも思っていた。以前マタニティマークについて妊娠前の想いを吐露させて頂いたが、本来であれば見た目に妊婦と分からない時期にこそ、特に電車通勤などをせざるを得ない女性が初期の段階で使うべき物なのだな、と使用目的や使う際の心情について考えを改めた。

 

お腹が目立つようになれば、黙ってても妊婦と分かるのだ。「妊婦めチクショウ」とさんざん思っていた私ですらも、実際に嫌がらせなどはしないわけで座席を譲るくらいのことは出来る。だが実際妊娠してみると、ぱっと見では妊婦と分かり得ない初期の頃こそ、調子の悪さに参っていることが多々あった。でも、その時期に妊娠についての報告が出来ないとするなら……

 


言ってしまえば、報告のタイミングを遅らせる心理は万一の事態についての心配だけではないのかもしれない。そう言葉を借りているだけで、実際は万一の事態そのことよりも「その際の周囲への対応」についてを悩んでいるのが本質ではなかろうか。

「その際周りに気を使わせるから…」という意見をネットでは多く見たが、よくよく考えたらそんな悲しい一大事が起きたときくらい、気なんていくらでも使わせておけば良いではないか…と思ってしまうあたりが、私の人格的に何か欠如している表れなのであろう。

人並みに、私もあまり言いふらしたくない気持ちは持ちつつも「じゃあ妊娠を隠し通して働けるか?」といわれたらノーであったし、そもそもそうすることは不自然だと判断したため、その都度常連様方には自分たちの口でお伝えしてきた。それだけ、耳を傾けて下さる関係をお客様と築いてこられたことが、このお店の宝だと感じている。(妙なタイミングですがいつもありがとうございます。)

ゆえに、妊娠の経過についての心配はどこかで吹っ切っている自分がいた。
出産時には高齢出産となる年齢であり、不安が尽きないことに変わらないが、「万一の事態」が起きたなら我々の落胆もすべてをさらそうと
全員、巻き込む」というと誠に自分勝手極まりない発言で申し訳ないが、その気持ちになってからは少し心が軽くなった。巻き込まれる側はむしろ心が重くなるかもしれないが、勘弁して頂きたい。

 

情緒不安定ながらも持ち前の図々しさが功を奏し、局所的なピンチもなんとかかんとか経て胎の子は順調に育っていっている。
このような私でも、エコーの際に元気な姿を確認できると心から幸せな気持ちが沸き起こるから不思議である。いつを境に母なる感情を持つようになったのかは知らぬし、その実感はこれを書いている臨月前の今もイマイチ分からないのが本音だ。ただ、いつの間にやらこの子が元気だと聞くときが一番嬉しくて、この子の使うであろう物を考えたりするのが楽しいのだから、容赦なく絶望的な気持ちに突き落とされる瞬間があるのと同じく、これもまた自覚の届かない部分で私という者が造り変えられていっているのを感じざるを得ない。


また、未来の自分に産前の自分の心の変化を残したくこのように書き連ねている次第だが、実際に変化しているのは心だけではなく、見目にも激しく体重が増加している点を記しておこうと思う。

私の母子手帳には、初期の頃から「体重注意」と書かれていた。そして分娩先である地元の総合病院に転院してからは妊娠糖尿病の可能性を疑われ、再検査になり糖負荷試験を行ったりしていた。糖負荷試験の結果、幸い妊娠糖尿病ではないと判明し胸を撫でおろしたものの、間もなく臨月の今、なんと非妊娠時より16キロも増加しているのである。以前テレビで格闘技を観ている時、佐々木憂流迦選手より重いと知った時には思わず宙を仰いだ。

疲れやすさや腰痛がピークを迎えつつあるが、仮に妊娠していなくてもこれだけ増えたら私の骨も内臓もさぞかし辛いであろう。我が身ながら申し訳ない。それだけバクバクと食べる、猛烈な食欲に支配された私のせいだ。
人生初の60キロ台の体の重さたるや、目には見えない十二単でも着ているような錯覚を覚える

これまで「もしかして便秘してるかな?妊娠中でも飲める薬処方できますよ」と、先生に優しくお声がけ頂いたことがあるがまったくもって快便な上、「これだけ体重増えて
るけど浮腫はまったくないのよねェ…」と言われている私よ、ただシンプルにおのれの体重が増えているというこの事を胸に刻み、産後はダイエットに励むが良い。よってこの場にて宣言をするが、産後は我が身をいたわるためにもしっかりと体重を戻していこうと思う。

今に関してはもう、これ以上増やさぬ事だけを注意しつつ、いかにストレスをためずに出産を迎えるかということにシフトしていきたい。

 

変化は常に、身にも心にも。

自力でも他力でも、どうにもならないことの繰り返しが命の動きなのだなあとぼんやり思う。(いや、体重の件はもうちょいどうにかなったかと思われます。)

 

続く。