36歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。現在臨月目前。出産育児の不安に加え、なにかと不安な36歳。

出産①

人間が1人増えるには、例えば「働き盛りの30代が欲しい」とか「ある程度大きくなった5歳くらいからよろしく」と願ったところでアメーバのように増えることはなく、必ず女性の胎に受精卵が宿り、胎児となって時が満ち、その個性や性別は選べず、赤ちゃんとして産声が上がる。

出産、と呼ばれるこの流れを経ないことには人間は増えず、また胎児はお腹の外へ出て来られない。経膣分娩か帝王切開という2パターンがあるものの、自由にチョイスできるわけではなく、状況に応じてどちらかを経るのみである。間違っても口やら他の穴から出てくることもない。

 

これを書いている私や私の夫も一応人間であるため、類に漏れず上記の流れで時が満ち、いよいよ胎の子と私は出産の日を迎える事となった。

 


12.25

出産予定日当日、入院準備をして病院へ。

 


前日の診察にて、以前から担当医と相談してきた「予定日がきたら誘発剤使ってみましょう」という話の通り、その使用が決定した。既に胎児の発育が充分であったため、予定日を超過すると難産になり得る点や、私の骨盤に対して胎児の頭が大きいなどの理由に加え、年末という大人の事情もあった。

誘発剤の使用は誕生を急かすようで不自然な行為ではないかと悩んだが、正月に入って人員が手薄になった病院で、万一緊急事態で苦しむ羽目になるのはもっと嫌だなと思い、この流れも一つ身を任せるべきと腹を括った。

 


入院した日は特に何をするでもなかった。「明日に備えてよく休んでね」と医師や助産師に言われたが、全く気は休まらずボロボロと涙をこぼしていた。

怖くて不安だった。

普段ではあり得ない時間帯に夕食をとり、シャワーを済ませ、早々に消灯された室内で、恐怖も不安も消化できずにいた。出来るものなら酒でも一杯ひっかけたい気分であった。妊娠中、嫌悪したアルコールをこんなに欲しいと思った夜は他にない。

 


明日の今頃には、この大きなお腹から赤ちゃんは出てきているのだろうか。誘発剤は人によっては効かないケースもあると説明を受けたので(その際はまた別の薬)、もしかしたら痛い思いをするだけして、結局まだ産まれることなく苦しく過ごしているかもしれない。副作用で具合が悪くなることもあるだろうし、何より赤ちゃんは大丈夫なのかな…

 


考えたところで、無意味である。私がどう思おうとて、時間がきたら遂行されるのだ。翌朝8時には点滴開始だ。メソメソしつつ朝の5時頃やっと眠くなり、2時間寝た。

 


起床後は検温されたり専用のパンツに履き替えたりしながら、なんとなく冷水で顔を洗いたくなった。

お湯も出るというのに、キンキンの冷水で洗顔を済ませた。手がかじかむ。

 


当初の予定ではバルーンの挿入後、点滴開始となっており、それが私の心を憂鬱にさせていた。要は器具を入れて、開いてないもんをこじ開けるという要領だ。

陣痛を迎える前に、さらに別口で痛い目にあうという予定に落ち込みながら内診を受けると「一晩で子宮口が3㌢まで開きましたね、バルーンはナシでこのまま点滴にいきましょう」と先生。

 


な、なんと…!!奇跡的なバルーンの回避に、私は一気に心が楽になり、前向きになった。

 

厳密には前向き、というよりこれもまた、腹を括るに近い。「まな板の鯉」とはまさにである。今から何を工夫してみても、どうせ痛いのだ。初体験の痛さをこれから迎えるのだ。妊娠中にソフロロジーの本など多々読んではみたが、実際的にはどうなのかイマイチ想像が付かない。

 

ただ言えるのは、痛いからとて騒いでみても、痛みは軽減するどころか体力を消耗するばかりで、おそらく私のような軟弱者は分娩時にエネルギー不足に陥るであろう。改めて自己分析すると、私は「高齢出産」「妊娠前から運動不足」「20㌔肥えた妊婦」という、この体力勝負といわれるお産に対してかんばしくない条件を併せ持つ者である。とにかく今日のキーは省エネだ。痛みを味わうのは最小、最短が望ましく、それを叶えるには極力リラックス状態に自分をもっていく必要がある。それは緊張や恐れを心から締め出すこと、ともいえる。私の緊張は未知なる体験へ、恐れは痛みへ対し感じている。だが、どちらも回避不能なら悩む必要がない。

「力を抜いて痛みを味わう」のが最善策であろう。

 

運ばれた朝食をとりながら、その合間にも細かに血圧など計測されつつLDRへこもる準備を進めていると「井口さん、すみません。LDRが混んでいて陣痛進むまでしばらくこのお部屋で良いですか」と助産師に言われる。


イヤですとも言えないので成されるがままその場で点滴が始まった。誘発・促進剤用の点滴針は通常より太い。聞けば、もしもの際に輸血に対応するためだそうである。

 

実母がウィダーインゼリー等を持って付き添いに来てくれた。

 

初めは5mlだか10mlだかであっただろうか。点滴と共にモニターにも繋がれ、胎児の心拍と私のお腹の張りの数値を眺めながら、静かにこの日が始まった。少しずつ張りが増してくるお腹に「ああ、点滴効きそうでよかった」と思った。

 

30分毎に点滴の量が増え、伴って私のお腹は痛みを感じ始めた。私はお産の間はひたすら、深呼吸に徹底することを決意した。赤ちゃんに届ける酸素のためにも、自分の気を紛らわせるためにも、痛みの間を測るためにも、序盤の方はあぐらにて深呼吸に徹していた。

 

点滴開始から3、4時間程経過し、モニターの張りの数値からするともうとっくに痛い数値だったようだが、小学生の時に2度入院する羽目になった病気による腹痛に比べたら、陣痛という理由のある痛みはそれだけで安心感があり穏やかな気持ちでいられた。ただ、もちろん痛い。途中配膳された昼食に関してはとてもじゃないが一口も手を付けられず、ウィダーインゼリーに助けられた。

 

そう、言い換えれば陣痛とは赤ちゃんが生まれようとするエネルギーである。ソフロロジーの本にもしつこいまでに書かれている通りで、読んでいた時にはピンと来なかったが、いざ始まってもみると明らかに先述のような病的な痛みではないことを体で理解し、非常にポジティブなパワーを感じたのである。だからとて痛いは痛いし、決してウキウキでハッピーなお産!みたいなテンションにはなれないが、前夜までのボロボロのメンタルからは打って変わって落ち着いた心の自分が陣痛に向き合っていた。

 

そうこうしている午後、破水した。私の場合、破水の感覚は完全に尿漏れで、助産師さんに言われなければ破水と分からなかったかもしれない。

12.26、

後ほど娘の誕生日となる。続く!