36歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。飲食店。乳児の母。育児の不安に加え、なにかと不安な36歳。

私の無理なこと

私は昔から、「深刻ではないけれど非常に困る場面」によく遭遇する。例えば以前に丸ノ内線で通勤していた頃、夕方の混雑した車内で私の横にお偉いさん風のサラリーマン男性が立っていた。こう言っては何だが、混んでいるのに奥へ詰めることもなく、肩が触れた他の人に舌打ちをしたりしていて感じの悪いオッサンであった。何かの拍子で急ブレーキがかかり、男性が手に持っていた荷物を床に落とし、それを拾おうとした瞬間に男性の頭からは部分カツラが落ちた。

 

おいおい荷物より落としてはいけない物だろう、とずさんな管理を問いただしたくなったが、いくらバカ者の私もさすがに見ず知らずのオッサンにそのようなことは申し上げられない。せめてすぐ次の駅に到着してくれればいったん降車してでもその場から逃げたかったが、運の悪いことに前の駅を発車したての出来事であった。私以外にも目が点になって固まっている人々が、咳払いをしたり、急に携帯電話を取り出したりしつつ震える肩に力を込め、皆気合で押し黙っていた。数分間無言で地下鉄に揺られた。オッサンはカツラを拾うや否やスーツのポケットに押し込んだ。ポケットからチラリとはみ出ているのが視界の隅で確認できる。だからずさんだと言っているのだ。何なのだそのチラリズムは。絶対に直視してはいけない、直視したら無事では済まされない。私は心の中でとっさに「神様、どうにかしてください」と祈った。そして懸命に目をそらそうと車内の中吊り広告を見つめたのだが、そんな時に限ってAGAの広告が吊るされているではないか。あの日の南阿佐ヶ谷から新高円寺までの区間の数分間を私は忘れることができずに今に至る。

 

そのようなことによく遭遇するのだ。そしてその度、私は笑いがこらえきれずにプルプルと震えてしまう。震えるくらいで収まればまあ良い。最悪の場合、もう立ち去る。ダメなのだ。不謹慎かもしれないが、コレ系統の笑いを耐えきれない。

 

思えば学生時代からそうである。教室で喫煙し担任がぶち切れ、私を職員室に呼び叱っている時のことだった。反省風、を装うために、そのようなときはうつむき加減でいるのが基本体勢となるわけで、私の視線は担任の靴に注がれていた。

すると靴に、「2点」と書かれたシールが貼りついているではないか。何の点数だろう、角度的によく読めない。目の前でガミガミ怒鳴っている声はもちろん耳に入らず、私は何の点数なのかだけを気にしていた。20分ほどガミガミ言われ、担任としては話が終わったらしく「おい、分かったな」と言い、足を組み替えた瞬間[ヤマザキ 春のパン祭り]という文字を確認した。

そんなことを十代の私が我慢できるはずもなく、私は大爆笑し、説教はそこから1時間延びた。

 

イカと連動するクレジットカードを作った時も受付のおねえさんがデポジットのことを「デジポットが…」と連呼するし、以前の職場で上司のソムリエがワインのことで真面目に説明しているときには鼻毛が出ているし(名誉のため言っておくがN田氏ではない)、昨日は昨日で、めちゃくちゃガラの悪そうなお兄ちゃんがイキって近くに来たなと思えば目の前でスケボーでこけるし、本当にやめて頂きたい。辛い。もう良い大人だけど、そういうの耐えられない。

 

こういう話をすると、怪訝そうにされる事も多々ある。不謹慎と思われてしまうのであろう。分かっている。笑ってはいけないし、きっと不謹慎に感じられる方々からすれば、そもそも笑うようなことではないのかもしれない。でも、激しく共感してくれる人も中にはいる。ちなみに、私たちは夫婦そろってこのような場面での笑いにはめっぽう弱いため、店関連の事で役所とかの人と真面目な話をする際にはかなり気を付けるようにしている。余計な事は考えずに、気持ちを整えていく。さもないと、どこに伏兵が潜んでいるか分からない。

 

不快に思われた方がいらしたら御免なさい。けっして相手をバカにしているとかではないんです。こういう瞬間は、人間て愛しいなあと思う瞬間でもあるんです。 

 

今日はイースターまた雨が降るのでしょうか。コロナと湿度の関連性ってどうなんだろうか。どうかこれからやってくる梅雨の季節が慈雨となりますように。