36歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。飲食店。乳児の母。育児の不安に加え、なにかと不安な36歳。

それいゆ

私がそれいゆに入らせて頂いたのは、高校在学中のことである。何度か触れている通り、通信制の学校であったので日中はアルバイトをしていたのだ。その以前から働いてはいたのだが、なんとも情けない事に16歳で初のギックリ腰をやらかしてからというもの、当時勤めていたパン屋さんなどでの業務は「立ち仕事+その場を動かない」というのがかなり辛く、かといってその年齢で事務仕事というわけにもいかず、せめて「立ち仕事+歩き回る」業務に就きたく思い、飲食店のホールバイトを探していたのだった。

 

それいゆには働く以前からお客さんとして時折行っていた。確か、その日は腰を本格的に痛めて全てのアルバイトを辞め、無職になっていた頃に母と珈琲を飲みに行ったのだ。するとスタッフ募集の張り紙があり、母に「聞いてみなさいよ」と背中を押され、その場でお会計時に尋ねて後日、面接ののち採用して頂いた。

 

当時私が行く時間帯に働いていた女性スタッフが、とても優しいお姉さんだったので安心して入ったのだ。だが入ってみたらそのお姉さんがお辞めになるというではないか。そうか…仕方ないよな…と思いつつ、勤務初日にそのお姉さんスタッフへ何か質問をしようとした私は「お姉さん」とその方を呼んだ。

 

すると目にも止まらぬ速さで「シッ!!」と私を制止するではないか。そして言った。「恵ちゃん、ダメ。このお店ではおねえさんというのはお姉さんたちのことなんだから」と。

 

「?」

よく分からなかったが何やら地雷を踏んだ感を肌で感じたので、以後気を付けた。そして今となっては広く知れ渡っておられる通り、経営者である「おねえさん達」にお世話になっていくのであった。

 

その女性が辞めると、パートの主婦の方二名を除くとバイトスタッフが自分以外全員男性であることに気づいた。正直、カフェとか喫茶店のバイトって女の子が多そうと思っていたので、ギョッとしたのを覚えている。そして皆さん個性豊かでタイプがバラバラであった。「きっとこの男性陣同士は、学校とかで出会ってたら仲良くならなそう」と勝手ながら思いを馳せて見ていた。(実際には皆さん仲良しでしたよ、念の為)

 

学生時代の私なんぞ単なる生意気なクソガキだったので、皆さまには失礼を多々してきたと思う。でもいつも温かく、バイト先なのだが家のような安心感があった。5年くらいお世話になった。

 

辞めた後も事あるごとにお邪魔させて頂いた。水出し珈琲の器具を中心にして店内に存在する空間は、いつもコンパスのようだなあと思う。メディアにも取り上げられている今はより一層混雑していることと思うが、どんな層のお客さんがいても飲み込んでしまうようなお店の色。混沌としているようで、それはいつもシンプルな原色のように私は感じる。

 

今はどうか知らないが、勤めていた頃の仲間たちはほとんど他県出身であった。上京してきた若者だ。それまで同じ都内の友人知人しかいなかった私にとって、自分にとっては地元であっても、東京という場所はあらゆる所から人が集まる場所であることを漠然と感じた。端的にいえば「隣人が常に同郷ではない」という気付きであり、ちょうどその頃学校で「東京」をテーマに一本書けといわれていたところだった為、自分の考える東京の特性として、そんな事に触れたように思う。

 

20代の半ば過ぎ、離婚を機に杉並区へ戻った私は久々にそれいゆへ行った。情けないやら不甲斐ないやらで恥ずかしい思いであったが、上のおねえさんがそんな私の報告を、ただただ「うん、うん」とニコニコしながら聞いて下さった。そして「何にも恥ずかしくなんてないのよ、頑張りました。これから元気に楽しくやれば良いのよ」と、私をハグして下さった事に、どれだけ励まされたことか。パンプキンパイの素朴な甘さと相まって、優しさ極まりない。

 

お店の空気に通ずることだが、おねえさん達の、またそれいゆの凄さは「人や物事を否定しない」ことに尽きる。多くのお客さんを受け止めるキャパ(物理的面積ではなく)が、類をみないほどのキャパだと思う。普通なら慌てそうな事も、たいがいの事には「あらそう」と言ってしまうおねえさん達がいる。あまり書くと怒られそうだから控えめに言うけれど、おねえさん達は誠にキャラがぶっ飛んでおられるため働いていた頃はよく度肝を抜かされたもののだ。

あんなふうになりたいなと今はよく思う。あの溢れんばかりの優しさ、温かさを自分より若い世代の人達へたっぷりと注ぎ込むのはやっぱり振り出しに戻るけど、優しいんだよなぁ…。

 

臨月にもご飯食べに行きました!鉄骨パスタもナスのチーズスパもカレーもケーキも勿論水出し珈琲も大好き。未だにそれいゆの人々とは繋がっているのも、本当に幸せなこと。娘も一緒にまたお邪魔できる日を楽しみにしつつ、これからもずっとずっと、それいゆの大ファンです。

4ヶ月を迎えて思うこと

本日、晴れて娘が4か月を迎えた。これを書きながら、4か月前の今頃は人生最大級の痛みに悶絶していたのかと思うと、つい最近の出来事なのになんだか夢物語のように感じる。

 

コロナの影響により3ケ月健診が中止となってしまったため、正確な成長具合を把握できず残念ではあるが、おおよそ出生時の2.5倍ほどに体重も増えた様子だ。首がきちんと座っているのかどうか私では判断できかねるが、随分しっかりしてきたのが窺える。

また、ここ最近では寝返りの練習をしているようで、一生懸命コロコロと横に転がろうとしてはうまくいかないことにイラつき、バタバタしたりする様子も見受けられる。

 

今日は私の両親が「ドライブスルー」で会いにやって来た。同じ都内とはいえ、車で片道1時間ほどかかるにも関わらず、家の前でほんの5分顔を見たかと思ったらすぐ去っていった。ゆっくり上がっていってほしかったが、その心遣いに感謝すると共に、母より渡された荷物の中身にまた涙腺をやられた。

 

娘の物も入ってはいたが、ほぼ私に向けての物であった。お菓子や酒、服、そして煮物を作ってタッパーに詰めてくれていた。里帰り中もそうであったのだが、母は「買い物行ってくる」と家を出ては私の好物のフィナンシェをしょっちゅう買ってきて黙って台所に置いておいてくれた。自宅へ戻る際にも、「アンタが久しぶりに家にいるのが楽しかったよ」と言ってくれたのが強く心に残っている。

 

そうは言っても初孫であり、特に私は一人っ子のため、唯一の孫となる娘に対し顔がほころんでいるのがよく分かる。だが、両親がにこにこと娘の顔をのぞきこんだら、娘は泣いた。

 

正確には、泣く手前。ギリギリの、下唇をぐっと出して小鼻を膨らませながら精一杯泣くのを我慢している顔である。今のところ、他の赤ちゃんの話を聞く限りうちの娘はあまり泣かない方であるようだが、まさかこのような場面で「ウウッ…」となるとは予想外であった。予防接種の時でも「ウワアン!!」とひと泣きするだけで耐える娘である。それが、まさか本人にとっての祖父母の顔を見て泣きそうになるとは。

 

普段から、部屋で1人になるとすぐ気付き泣くことはある。

単純に「1人が嫌」なのだと思っていた。

でも昨日の件で、「私か夫といないと嫌」なのだという事に気付かされた。

 

こんな小さな体で、毎日これでもかと成長をしているのだ。視覚も聴覚も五感の全てを、生涯においてもっとも働かせている時なのだ。不思議そうに外の音を気にしていたり、猫の気配を目で追ったりしている瞬間瞬間に、彼女の細胞はフル稼働している。私と目が合ってパアァと笑うその心は、どんな気持ちが占めているのだろうか。

 

それが彼女にとって嬉しいというなら、私にとってこんなに幸せなことが他にあるであろうか。夫ですら、私と目が合ったって別に嬉しくも何ともなさそうである。どうせブスとか思われているのだ。重ねて気づくのは、この世で唯一私の目線に娘と同じように喜んだのは、36年前の母なのだろうという事である。

 

世の中には色々な人がいる。個人的にマジくたばれと思う奴も少々いるし「何がどうなるとそうなるんだ」というようなヤバい奴に出くわしたりもする。どの角度から見ても不備ナシといわんばかりの凄まじい美人、ハゲ散らかして異臭を放つクソジジイ、また世界には沢山の国の人達がいるが、全員が誰かの腹を痛めて、ぷるぷるフニャフニャした新生児期があって、赤ちゃんとしての時間があったのだ。

 

無論、出生の背景に事情のある方も少なくないし親がいないケースだってあるだろう。それでも、今ウロウロしている全ての人間には共通して「産んだ人」がいるのだ。天地がひっくり返ろうとて出産の痛みとは強烈であり、それを耐えた人がいるのだ。産後、入院中に一番に考えたのはその事だった。

 

私は「子供産んで一人前」的な考えは嫌いだ。別に子供がいても一人前ではないからだ。死ぬ時に「1人分」の人生をまっとうするのだから、その際やっと「一人前」なのだと思っている。

子のいない人には育児とは別の、成し遂げるべきものが背負わされている。また、その成果を世でどう用いるかを試されているし、ビジネスを通じてとか人によりけり、人生とは人との関わりである以上、そこに子の有無は関係ない。関わる人へ対する在り方と生き方の問題であって、その人を通じて誰かがハッピーになるのであればそれより大事なことなど何もないのだ。

 

娘は私に似て手が大きく、指がかなり長い様子だ。その手で何を掴んでいくのだろう。

 

但し、当然まだまだ私の方が手は大きい。私もまだまだ掴む気でいる。

危機に晒されまくりの飲食店とはいえ、この状況が不幸か?といえばNOだ。大変で超ピンチなだけだ。ここから私達が何を掴むのか。娘といつか話のネタになるよう、今は日々の健やかな成長に感謝したい。そして4ヶ月目でこんなに変化を見せてくれる娘に倣い、もうすぐ3歳のかこみはこの機にどんな店になるのかを楽しみたいと思う。

 

 

 

パンドラではない箱

私は「箱」が好きだ。どんなの?とか何で?とか聞かれても非常に答えに困る。ただ単に箱というシロモノが好きなのだ。次いで「缶」も好きである。

 

「どういうふうに使っているの?」という質問も大変困る。はっきり言って全く活用できない。買うときには何となく、「コレ、アレを入れるのに良いじゃない…!」とひらめいているのだが、いざ入手すると特に何も入れない。箱、缶系統の続きとしてこれも無意味に好きなのが「袋」とか「ポーチ」も挙げられる。断じて「バッグ」ではない。むしろバッグには興味がない。唯一「トートバッグ」の類のみ、様々な大きさで収集してしまうのだが、私の選ぶトートバッグは仕切りだの外側の飾りはない単なる手提げ袋である。そしてこれまた、一、二点を除き特に使ってはいない。

 

缶入りのお菓子なんぞ頂いてしまった日には、申し訳ないのだが中身より缶が気になってしまい、早く空にしたくて大急ぎで食べる。味わってる暇はない。早く空にしたい。空にしたところで他にしまう物が控えているわけでもないのに、とにかく大急ぎだ。10個に1個くらいの割合で、「これは良い缶だ…」とうっとりする缶に出会うのだが、繰り返し申し上げる通りで特に活用には至らない。

 

100円ショップは大変危険な場所である。あらゆる箱やポーチ等がある。行くたび夫に、「箱買うなよ」と注意をされる。今でこそ自宅が窮屈なほど狭く、また浅草橋には100円ショップがないので事なきを得ているが、オダサガ時代の自宅はめちゃめちゃ広かった上に徒歩3分の距離に100円ショップがあったものだから、凄まじい箱の買いっぷりであった。

 

しかしこの前の年末、領収書を整理しようと無地のビニールポーチを買いに行き、サイズ違いで展開されていたものだから選べず、結果ぜんぶ買った。100円ショップだから千円とか二千円の出費で済んでいるが、私自身良いと思った箱関連については金に糸目を付けないため、なるべくオシャレな雑貨屋とかアンティークショップで箱を見るのは控えている。要は、容れ物を買えばある程度気が済むのだ。

尚、このとき買ったビニールポーチは実際には使っておらず、領収書はジップロックにぶち込んでいる。

 

昔は加えて「カゴ」も好きだったため始末に負えなかった。以前書いた通りで、私は常に猫と暮らしているのだ。無事なわけがない。近年ではさすがに学習し、カゴは買わなくなった。

 

現在、特に気に入っている缶の中でも10年以上日の目を浴びずにきたひとつが、珍しく活用されているのでご紹介したい。かなり昔に買った星の王子さまの缶だ。確かチョコレートが入っていた。

何に使っているかというと、諸用のための100円玉を入れている。書いていて誠にパッとしない活用法だと我ながら身にしみつつ、10年の時を経てやっとピッタリの活躍の場がやってきたこの缶へ、ますます愛しさが募るばかりだ。

 

近頃、娘の物が増えてきた。はっきり言って箱が欲しい。何か良い箱はないか。大きいのから小さいのまで、たくさんの箱が欲しい。ニュー箱を求めに早く出かけるためにも、元気に外出できる日が待ち遠しいが、次こそはキチンと活用すべくサイズとか真面目に考えた方が良いかもしれない。

 

何の脈略もないこと書きましたが、同じような趣向の人っていませんかね…?f:id:megumiiguchi94:20200425124757j:image

チンパンジーぽい以外の夫の特徴

夫の特徴といえば、チンパンジーだということは以前にも書かせて頂いた通りなのだがもちろんその他にもいろいろな要素があるわけで、歌がうまいとか意外と繊細であるとか、声がでかいとか酒癖が悪いとかバナナが嫌いとか酔っぱらうと内股になるだのがすぐ思いつくあたりである。が、中でもひとつ特筆したい事柄がある。夫の特徴で目立つもの、それは「やたら生活圏のコンビニスタッフと仲が良くなる」だ

 

結婚してから8年間の間に西荻窪小田急相模原(神奈川県)、そして今の浅草橋と三カ所に住んだが、各地にて生活圏のコンビニスタッフとはしっかり顔見知りになり、特にオダサガ時代に関してはプライベートでも濃い付き合いになっているほどである。

 

私は接客業をしいているものの非常に根暗につき、オフになると途端に「しゃべるスイッチ」が切れる。なので店の買い出しや、相手に店名が割れているとき以外ではスーパーでもコンビニでも洋服屋でも飲食店でも、店員さんとはほぼ会話をすることはない。こう言うと誤解を招きそうだが、私はしゃべる、という行為にかなりのエネルギーを使うので、疲れるのだ。ただ、決して嫌いなわけではなくむしろ好きだからこそ仕事にしているわけで、仕事中にしゃべる分、他では休みたい、という節がある。実際はわざわざ意識しているわけではなく、単純にもう、力尽きるので喋らなくなるだけなのだが。

早い話が、ド三流なわけです。

 

夫は違う。オフだろうが関係ない。しゃべりかけられてないのにバンバンしゃべりかける。スタッフさんもまさか、こんな絡んでくると思っていないので初めは戸惑っているのがうかがえる。

自粛以前の話になるが、店の帰りに毎日寄るセブン〇レブンではだいたい決まって深夜1~3時くらいの間に行くため、働くスタッフさんたちもある程度同じ顔ぶれである。その店舗ではウズベキスタン人の青年がたくさん働いているのだが、夫は名札を見てバンバン名前を呼んで話しかけるので、見ていてこちらがひやひやする。ていうか、よくそんな慣れ慣れしくできるよなあと私は感じてしまうのだが、絶妙なところで失礼にはならない感じで距離を詰める。結果的には母国に帰省した際などお土産を買ってきてくれたり、行くたびむこうからしゃべりかけられるような関係になる。気づけば私もついでに仲良くさせてもらっていて、全員顔と名前が一致する。

コンビニスタッフに限らず、関わる業者さんなどは勿論ながら、「店の前をただ毎日通るだけの人」とかまですぐ仲良くなり、生活の中で出会う人は全員仲間!みたいにしてしまうので、私は妻の立場で見ていてあまりに自分とはかけ離れた性格に付いていけない反面、そういう夫が好きだし、また尊敬している部分でもある。

 

オダサガの時は毎日寄るファミ〇の店長、副店長と親しくなり、休日にはそれぞれのパートナーも交えて飲みに出かけたりした。いまだにお付き合いは続いていて、こちらで開業してからも何度もお店に来てもらっている。何より、オダサガから台東区へ引っ越しをする際は、荷造りの手伝いまでしてもらった上、引っ越し当日に出たゴミの処理までお願いし、あの日手伝ってもらえてなければ無事に引っ越せんかった…というほど助けられた。

 

彼は身内の私がいうのも何だが、裏表が本当にないのだ。商売をしていれば、それが良くも悪くもあるのだけれど、根本にある「人間好き」なところが歳を重ねるほどに強くなっている印象を受ける。どんどんひねくれたり合理的になっていきそうなものを、彼はますます率直になっていっているように感じる。私がここ最近で母になったように夫も父になった。もともと優しい男だが、もっと優しくなったしアホにもなった。たまにいい加減にしてくれという時もあるが、彼の心に意地の悪さがないことを私はよく知っている。だから好きだ。

 

最近はコンビニに行く回数もグンと減り、私に関しては里帰りをしてから深夜帯のスタッフには会えていない。最低限の買い出しとなるので、コンビニに用なく寄ることもできないが、早くウズベク青年陣に娘を会わせられる日がくるのを楽しみにしつつ、自粛期間を大事に過ごそうと思う。

苦手の克服は地味に世界を変えるかも

両親共に東京生まれで一応は生粋の東京生まれ、東京育ちでありながら、私は納豆がひどく苦手であった。父はよく食していたが、その様子を見るたびに「なんであんな臭いもんわざわざ食べてるんだろ」と思っていた。

 

何度か口をつけてみてもやはり苦手で、別に納豆なんて食べられなくても死にはしないし嫌いなままで良いと思っていた。そうこうしているうちに実家を離れた。

 

近年他界され寂しいが、私は昔からさくらももこさんが大好きだ。漫画はもちろん、エッセイも全て読んでいる。その中で、さくらももこさんも納豆が嫌いだったが克服したというエピソードを読んだ。エピソードには克服したいと思った経緯などもあり、いやはや確かにおっしゃる通りだと私も共感を覚えた。また、その頃20代前半であったが平熱も低くいつも低血圧、すぐ風邪はひくし、病気ではないけれども常にパッとしない。そんな体調で過ごす自分を変えたいなあと思い始めていたときであった。

 

当時、まずはじめに食事内容をメモすることから始めた。体重を減らすことは目的としていない。やたらめったら疲れやすかったりする原因に、「隠れ栄養失調」があることを知ったので自分に足りていない栄養素、もしくは過剰な栄養素があるのではないかと思ったのである。記録を続けた結果、圧倒的にタンパク質が不足していたことと、カフェインをやや摂り過ぎていると判明した。

 

とはいえ、私はあまり肉をたくさん食べられない。生姜焼きなんかも、薄いのが2,3枚あれば十分だ。だいたい肉を増やそうったって金がかかるし、別にいくらタンパク質が足りないからって動物性タンパク質だけ一気に増やしても消化に負担がかかる。これはもう、あれだ。納豆しかない。納豆さえ克服すれば安価で素晴らしいタンパク質をゲットできるではないか。家計にも優しく胃腸にも優しい。やるしかない。

 

さくらももこさんも挑戦していたように、紫蘇やドレッシングや胡麻やネギやら、思いつく限りのアレコレと合わせて克服に向けてのチャレンジが始まった。納豆自体も、スーパーで手に入るものであればほとんど網羅したと思われる。各メーカーからいろいろと種類が出ているので手あたり次第購入した。苦手なタイプもあったし、食べやすく感じるものもあった。納豆チャレンジは約半年間に及んだ

 

私の場合、着地点はキムチであった。キムチと、更に少し胡麻油を足すことで、イケるようになった。ちなみに当時親しかったとある韓国人主婦にその話をしたら「えー、納豆はそのままが一番おいしいじゃん。私、韓国人だけど納豆ファンとしてはそれは無粋だね」と言われてしまった…。アイゴー。

 

それから私は、「キムチと混ぜた納豆」に慣れ、日常的に食すようになった。はじめの頃はご飯に乗せたり火を通した状態で食べるのは香りが広がるためハードルが高く、出来なかった。それでもなんとか1パック完食に至れるようになった日には、かなりの達成感を覚えた。世界が広がるぜとさえ思えた。おおげさな…と思われることと思うが、納豆を克服することはかなり家計に影響を及ぼす。それこそ納豆で白米がイケれば充分一食になるし、先の栄養価の問題で大きな前進を遂げたのだ。

 

その後、今日に至るまでの間に納豆との付き合い方もずいぶん変化を経て、今となっては納豆オムレツも納豆汁だって好物だ。基本的にはほぼ毎日食している。

 

タンパク質量を見直すことは、数年の歳月がかかりつつも私の平熱を上げた。もちろん、それだけが要因ではないものの私はこの10年近く、36.7~8度くらいが平熱となり、以前に比べ劇的に風邪をひく頻度が減った。あくまで「納豆食べりゃよい」わけではない話だが、特に運動をしていたりハードに過ごしている人、もしくは病弱な人なんかは、一日に1パック足すことを続けるとなかなか良いんあじゃないかしらと思う。安いし。(きっとキムチも良いんでしょうね、何かと)

 

今朝も炊き立ての白米を納豆で頂いたわけで、毎度心から「ああ、なんて美味しいんだ……!」とうっとりしている。もしもあのまま納豆を嫌いでいたら…と思うと、このうっとりを味わえないのだからちょっと寂しいではないか。他にもまだ苦手な食べ物はあるので、生きてるうちに克服できそうならしてみても良いなと思っている。

 

 

補中益気湯

私はガイジエニストである。中耳炎は子供の頃に1、2回しかなったことがないのだが、外耳炎は25歳くらいから頻繁に繰り返すようになった。キッカケは
愛猫、カツレツである。


当時子猫だったカツレツは、ヤンチャ盛りであった。一人暮らしの頃である。台所では、冷蔵庫の上にオーブンレンジを乗せていた。カツレツはそのオーブンレンジの上で遊んでいた。
私は冷蔵庫に何かをしまったりしていた時のこと、カツレツは足を滑らせ落っこちた。「フギャー」とかなり慌てた声を上げながら、バタバタ必死でもがきながら落っこちてくるカツレツがスローモーションのように見えた。私の耳に咄嗟にしがみ付こうと爪を立てた。


バリバリと本気でしがみ付こうとした猫の爪。ご想像の通り、私の耳周りは激しい出血をし、当時交際中であった夫はその様子をみて、あまりの大量出血にビビってしまっていた。翌朝病院に行って処置して頂き、抗生剤などを飲んだ。その日をキッカケに、疲れたりすると耳周りの皮膚の炎症をこじらせることが増えた。更には、自業自得なのだが、私はインナーコンクという耳の穴に近い軟骨にピアスホールがあり、そのホール付近も痒くなるようになってしまった。そして痒いついでに耳かきに精を出してしまうとあっという間に炎症が勃発する。


酷いときは、耳漏により閉塞感がすごいことになり聴こえなくなる。自力じゃどうにもならなくなり、吸引されたこともある。尚、この耳の吸引は目が飛び出る程痛いといわれている。神奈川時代はしょっちゅう悩まされていたが、小田急相模原の某耳鼻科の先生は先述の吸引処置が全く痛くなく、言うのも憚れるがむしろイくかと思うほど気持ちよかった。よく助けられたものだ。近辺にお住まいで耳の悩みがある方は、ぜひあの耳鼻科に行ってほしい。


1年程前、久しぶりに外耳炎が酷く、今住んでいる近所の耳鼻科にかかった。
このときもどんどん酷くなり痒くて仕方ないので診て頂いたところ、案の定外耳道湿疹で皮膚炎的な症状が重いとのこと。お決まりのステロイド各種と抗生剤を処方されつつ、先生は仰った。
「免疫落ちてるからこういう症状出ると思うの。嫌じゃなければ漢方も併せて飲んでみませんか。」ここは漢方医の方もいらっしゃるそうで、対処薬と両方のアプローチをする耳鼻科である。


そこで処方されたのが掲題の通り、補中益気湯である。ちなみに常連様である薬剤師の方に「今日耳鼻科行ってきたよ、補中益気湯出されたよ」と言うと「それ末期ガンの人がよく飲むやつですよ」と言われた。
先生も説明して下さった通り、根本的な滋養強壮に働きかける漢方だそうで、食欲のない人や疲れやすい人、自律神経が乱れている人に良いのだという。


私もネットで調べまくってみた。
すると鬱病に効果が高いらしい。そして、近年においてはアトピーを主とした皮膚炎に対しての効用に注目が集まっているとの事であった。
何と、服用している薬の効果がなかなかない患者において補中益気湯を併用させると、88%以上の効果上昇が認められるという。要は、「このステロイドや抗生剤もう効かないわ」が「効くわ」に変わるという事だ(素人がネットで拾った話なので適当に聞き流して頂きたい)
子供の頃に大量の抗生物質を浴びた私にとって、そんな事が現実ならば何と有り難い事か。現実問題、私は相当数の抗生物質が効かなくなっているため、この漢方との出会いは有り難い限りである。


但し、これは良い事ではあるのだが、私の場合服用するとかなりお腹が空く。食欲増進がテキメンにあらわれる。また、普通にしている分には変わりないが、動いた時に汗ばむようになった。私は平熱が高めでありながらも昔からうまく汗がかけないので、日頃とにかく半身浴にて1日1回は必ず汗をかくよう気を付けているのだが、普通に動いて気持ちの良い汗をかけたのは非常に快適であった。味はそこそこ不味いので、人によっては辛いかもしれない。私はお湯や温かい麦茶に溶いて飲んでいた。


そういえば、補中益気湯を飲むようになってから妊娠が判明したなぁとふと気付いた。まあ単なる偶然かもしれないし今は飲んでないから分からんが。

 

ちなみにこのときの外耳炎は、補中益気湯の登場で1週間もせずにおさまってくれた。外耳炎に効く、というより何かしら炎症を起こしていて治りが悪いときの手助け的な存在といえるもよう。ガイジエニストとしては、こんなに短期間でおさまったのは初めての事でビックリしつつ、漢方については今後も折を見ては触れていきたい。(※補中益気湯は妊娠中は飲めません)

あとあれ、外耳炎の特効薬はとにかく耳を触らないことに尽きる!痒すぎてつらいけど!

 

けっこう真面目にムカついてる話

つい先日、テレビ番組でマスク不足解消のアイデアとして、「母乳パッドをマスクの内側に付ける」というものが紹介されたそうな。

 

単刀直入に申し上げて、頭わいてんのかと思う。自宅に有り余った母乳パッドを在庫していて活用する、というなら話は別だが、世間ではさっそく母乳パッドを買い込む人々が出ているという。言うまでもなく、買い込むのは授乳中のお母さんではなく、乳などとうに枯れきったクソババアや、本来生涯使うはずのないクソジジイ、転売目的の若者だそうで、実際私が今日買い物に行った薬局でもそのような客を何組か見かけた。いやいや、もしかしたら自分の子供夫婦とかに買っているのかも、と思ったが、案の定「これこれテレビでやってた」的な会話をしていた。

私自身は母乳が出ず、近頃ではほぼミルクとなっているのでパッドを必要としていないが、完全に母乳のみで育児をしている人にとってそのパッドがどれだけ必要なアイテムであるか。産後の2か月くらいまでしかお世話になってはいないものの、パッドの必須さは分かっている。べしゃべしゃに服や下着が汚れてしまい、都度こまめに取り換えないと赤ちゃんが直接口に含むというのに非常に不衛生になってしまう。そんなに母乳が恋しければ鼻から牛乳でも突っ込んでやりたいが、牛乳に申し訳ないのでおまえらのポリデント全部没収するか頭に塗るかしなければならない。若者に関してはお前の行く先々でお前の性癖をさらしまくるくらいの事をしなければならぬ。

 

 

一時期はミルトンなどといった、哺乳瓶等の消毒をするアイテムも品薄になった。おしりふきも完売していた。我が家は産前に準備していた物がけっこうストックしてあったので特に困ることはなかったが、ちょうどそのタイミングで買わなければならなかったらどうなったことであろう。手前どものケツだの手だのはどうにでもなる。でも、赤ちゃんの物は代わりがきかない。近所ではいまだにおむつも点数制限がある。トイレットペーパーをはじめとする紙モノの不足デマにより、女性の生理用品や赤ちゃんのおむつにまで影響が及んだのだから、なんとみっともない事だろうか。国の対応についてあれこれ思うことがあるのは皆同じだし不安なのも同じだ。でも国を作っているのは何かといえば、人間の集まり、に尽きる。日本を形成する人間は、私たちだ。クソ過ぎる。

 

私自身が乳児の母になったからこそ、赤ちゃん絡みのアイテムを買い込む人が余計に目に付くことは否めない。ただ、自分が母でなくとも、私は赤ちゃんの使うものをマスク不足解消とかのために買うか?といえばノーだ。とてもじゃないが、そんなことはできない。簡単にこの言葉を使いたくはないのだが、あえて使う。軽蔑する。人を責める資格は誰にもない。でも、それダメだろということは誰にでもできるし、すべき事だと思う。

 

そこまでして予防に力を入れないといけない持病なり高齢なりの理由がおありなら、そもそも外に出てくるなと思うし、買い物を頼めずどうしても出てこなきゃいけない状態とかいろんな背景があり得るけれど、だったら大量の母乳パッドではなく食糧とか日用品とか他にも買う物あるだろうよ。

赤ちゃんて、その確固たる存在感は眩しいほどに逞しい生命力を見せつける。だけど、小さいんだよ。たくさんたくさん、大人が気を付けてお世話していかなきゃならないんだよ。何より、全てのことを自分では選択できないんだよ。

 

見知らぬどこかの赤ん坊のために、自分が買いたいものを我慢しろとは言わない。ただ、それが必要に迫られた買い物ではなく、安い満足や薄い安心、私利私欲のためだというなら、おまえがないがしろにしたのは自分の未来だぞと言いたい。いつかコロナが終息し、おまえがもっと年を取った時、この国の未来でメインに働く世代は今赤ちゃんだったり幼児だったりするのだから。

 

そんな人ばかりじゃないけども。いざ目撃するとけっこう嫌ね。