37歳都内在住、既婚女の日記

夫婦で自営業の妻。飲食店。1歳と0歳の姉妹の母。少々病み気味、西東京出身、東東京在住。プロテスタント。

要はキレの良さがものをいう

世の中には無価値な言葉が多々散らばっている。散らばりすぎて本当に価値のある言葉が隠され、探す気のない者は無価値な言葉に簡単に感動し、否、感動したつもりになった洗脳を心地よく受けながら、流される自覚もないままに流されるのだ。

 

今は、あらゆる事柄に賛否の問われる時代である。

 

とある件についてアナタは賛成?反対?その繰り返しが日常となった。自分では決めかねるので他者と相談を繰り返しながら、自然と自分と違う方の意見を持つ他者とは距離ができる。

 

それはごく自然なことであり決して不健全なことではない。そういうものだからだ。意見を持つ同志のいざこざは良いのだ。但し、一定数、もしかすると過半数にあたる人間は、「他者が自分をどう思うのか」が判断の基準となっている。何事においても、だ。

 

客商売をしておきながらそんなんナシでしょ、と不愉快に思われる方もおられるかもしれないが、はっきり言って人の目なんぞ私はどうでも良い。客商売は人目を気にしてやるものではなく、お客様と自分、また関わって下さる取引先さんと共に楽しむことだと理解しているので、誰もかれもにへいこらするためにやっているわけではない。

 

私は私が尊敬する人や真に想ってくださる方にお叱りを受ければしかと見つめ直すが、まるで私の人生に的外れな事を言ってのける人間について気にするほど暇ではない。常にカツカツな分際で過去、例えばうちの業務上の話でいうと、お客さんとしていらした方にブチギレて出禁にしたことは3回ある。我々の店のある土地は歴史あるお店も多く、土地の人が多いため、新参者という立場であるのは百も承知だ。じゃあ、だからって無粋な真似をし他のお客様にご迷惑をかけるような人間に合わせたならば、その瞬間に本来のお客様を失うであろう。品など皆無に成り下がる。私は、老若男女問わず、1人ででもお連れ様がいても、リラックスして過ごせるお店でありたいと思っている。その守るべき線を守るにあたって、無価値な言葉は切り捨てる。冒頭から申し上げている、無価値な言葉とは何か?それは薄っぺらい己れの垂れ流しのことだ。

 

誠意に由来しない意見は単なる自己陶酔に過ぎず、流されて丸め込まれたネットニュースのまとめみたいな事をさも自分の意見かのように語る者は愚か者である。口数の多い者は滅びる、自分の舌によって。

 

あらゆる判断を求められるご時世だ。

でも、そんなことは今に始まったことではなく、日々の何気ない瞬間の中にも散々あったことなのだ。この渦中で浮き彫りになっている最も大切なことは、魂の在り方だろう。別にヤンキーではない。

 

自分の思う心とはどこにある?

すべてそこで判断するのだ。流されている場合ではない。

上司が指示したから、

友達がそう言ったから、

テレビでも言ってるから、

「みんなが言ってるから」、

 

そんな観念は今すぐ捨て去れ。1ミリも役に立たないと断言する。単なるアラフォー主婦の申し述べる事だが発言に責任を持つためはっきりと言おうではないか。外野のヤジは無視でよし、東東京在住井口恵より。

 

時代に対応すべき事と、時代に振り回されてはならない事とを見極める必要性。見極めるためには新たに眼鏡をかけるのではなく、知らぬうちにかけている悪趣味な色眼鏡を外すことから始まるのだと思う。

 

あ、最近またお気に入りの眼鏡の一本を長女にフレームねじ曲げられました。Zoffいかなきゃな!

 

自慰みたいなもんじゃねえか酒なんてと言ってみるだけの私は現在酔っぱらっております。

人にもよることなので、あくまで私のケースとして聞いて頂きたいのだが、酒が美味しいのは1人の時である。

 

一つ、似ているなあと思う事柄として買い物や映画鑑賞がある。もちろん誰かにこんな物を買ったよ、とか、同じ作品について感動を分かち合うのは楽しいのだが、いざその時間を共有したいかというと私の場合は否。どうせ同じ時間をそこに使うのであればどっぷりといきたいので、1人の方が存分に自分の感性のみで集中できるからだ。酒を飲む、という行為も私にはまさしくそれである。

 

正確には心通ずる相手と共に頂く酒は、美味しい。とくと感じている。ただ、あくまでそれは別のベクトルの話であり、同じ美味しいといっても和食と中華とフレンチと…に甲乙つけられないのと同じで、1人の酒は1人でしか、完成しない。

 

今から10年以上も前の話だが、ひとり暮らしを始めたばかりの頃、近所のスーパーのお酒コーナーがわりと充実していた。今思えばとびきり良い、というわけではないのだけれど、そこそこの価格でそこそこ気分の上がるようなワインがたくさん売っていた。当時は飲食業はやめるつもりでいたので、別に単に飲む以外の興味はなかったのだが、いろいろと思い起こすとあの頃にただ何となく選んでいた酒がワインであったからこそ、今に至るのかなあと感じている。

 

 

当時の私はまだ西荻に飲みに繰り出す前。特に飲む相手もいないし、飲みに行くという選択肢すらなかった。帰宅後に好きなバンドのライブDVDをつけて、安いグラスに自ら注いで飲むのだけど、その日の疲れや未来への不安で潰れそうな自分が、唯一リラックスする瞬間であった。私にとって「酒を飲みたいなあ」は、ちょっと甘えたいな、寄りかかりたいな、とほぼ同義語である。シラフではとても飲み込めない感情を喉に流し込み、消化して、新しい日を待つ。

 

そののち、アホかというほど外で飲みまくるようになるわけだが結局のところ「飲む前」よりその一口で、楽しくなるかな、という期待であったりするのだった。まあ当然一口なんかで終わるわけがないのだが。

 

そんな事を自分に思っていたからか、お店で初めてカウンターの中に立つことになった際は「この人はなんで飲みに来てるのかな」とお客様について疑問に思っていた。

特に初めてお酒に携わらせて頂いたお店は安くはないお店であり、お客様自身がそれなりのお酒の知識を持ちつつ単刀直入にいえば平均的収入よりもお金を稼いでいる方が多かったのだ。こんなに人生成功してそうな人たちがわざわざお金や時間をかけて、またお店である以上、時に並びの他のお客さん同士で気を使いあうような場面もあるのにそんなことをしてまでも、人はお酒を飲むんだなあと思って見ていた。はたして私が部屋で1人飲むのとは全然違うことなのだろうか。掘り下げる。別に飲まなくても、むしろ飲まなければ、単純にその分のお金も時間も浮くし明日の目覚めも軽快だろうし、私のような薄給の者からしたら節約を優先したって良いわけだ。でもなんで私は飲むのかな。1,2時間のひと時を、なんで私は楽しみにしているのかな。目の前の立派な紳士淑女の皆さまは、私鉄沿線のワンルームで細々と暮らすバツイチ女でもないのに、私と同じく、お酒を片手に笑っている。お席についたときは固かったお顔が笑っているなあ。もちろんお金をお持ちだからこその、銘柄としてコレを飲みたい!という欲求もあるのだろうけど、ああ、そうか。実際にグラスを傾けさせるのはきっとそんな事が由来ではないのだ。

 

理由や形はどうあれど、みな等しく、愛されたいのはおんなじかあ。

 

歳も性別も関係ない。職種も収入も、飲む際に1人か2人か3人か4人かも関係ない。目覚めた瞬間から始まり、今の今まで続いている今日という日に、ほんのわずかの非日常を日常の夜に落とし込みながら、誰もが同じくして新しい日を待つ。なんだ、別に私そこまで、腐りきってないじゃん。みんな似たようなもんじゃん、とも思った。テーマからはそれるが、今お店をやっていてもその事はよく思い起こしている。

 

 

もちろん何か景気の良いことがあってワーイ!かんぱーい!みたいになるケースは多々あるしそれまたお酒の持つ一つの顔であろう。私だってよく経験する形の飲み方だ。

 

でも核に芽生えたものは、ネガティヴなままの自分にも寄り添ってくれる相手、としての存在感であり、そしてそれはほんのすこ~し、視点を変えてくれたりする。最たるパターン、「まあ、いいや」。

 

人というのはもれなく弱い。寂しさについてはウサギよりよっぽど弱いと思うよ、ほんと。1人で飲むと自分の心が赤裸々になる。私は何が寂しいって、めちゃくちゃナルシストみたいなこと言うけど、自分が自分を構ってやれないことが一番寂しいのだ。1人で飲む酒は、自分のその時飲みたいなと思うものを自分にあてがい、目や耳にも自分で求める心地よい文章や音をあてがい、飲むペースや終えるタイミングについても自分へ自由をあてがい、深刻に悩んでいた事柄についても「まあいいや」と我から言わせ、もしかするとこういうのをアル中と呼ぶのかもしれない疑念は置いておいて、それはそれは甘く優しい時間であるのだ。

 

繰り返し言いますけど、ことワインにおいては特に、誰かと飲むのが好きですよ。

いつかの機会に書きますが、人と飲む酒の効用たるや、また乙なものでありますから。

 

ちなみに未だに譲れないのは、「1人で飲む」赤ワインには肉よりチーズより、ノラジョーンズが最高だってことでしょうか。

小心者のお腹の中

飲食業を営んでいると、「ご予約」というものを頂きお席を準備することがあるのはとても馴染みのある事柄である。そして、頂く身としては非常に有り難いものだ。

 

そんな「ご予約」を、実はする事ができないという私の情けない腹事情についてが今回のテーマである。何故か。ズバリ「食べること」への予定立てが苦手なのだ。

 

お客様の話を伺っていると、予約を楽しみにしてました〜などなど大変嬉しいお言葉を聞くことがある。感謝と同時に尊敬の念が生まれる。「す、すごい…っこの方は2週間前から何月何日の何時からどこで何を誰と食べるかを決めても、元気に過ごせるのか…!」と。

 

私は不健康そうに見えて案外胃腸が丈夫な方で、多少期限が切れてしまったものでもそうそうお腹を下したりすることはないのだが、実はプレッシャーに思うことがあるとアホのように食べられなくなるのだ。そして何がプレッシャーになり得るかというと、「何月何日何時から、どこで何を食べる」と決まっていることなのである。

 

「ああ、どうしよう。その日食べられるかな」という思いで胸がいっぱいになり、あまり飲み食い出来なければ行く相手やお店の方に失礼だから絶対に万全に向かわねばなるまい!などと考え出し、もうそう考え出してる時点で胃がやられ始めるのである。

 

つい最近では過去にお世話になったお店が閉店とのことで、最後にお邪魔することになったのだが、自分で日時を決めておきながら「大丈夫かな…」と胃がやられ、前日まで食欲不振に陥っていた。おかげさまで当日は普通に食事をすることができたが。

 

どうも「残せない…!」という状況を想像するとそれだけでもう、腹が辛くなってくるのである。別に残すほど頼まなきゃ良い話なのだが、お相手が目上の方だったりしてご馳走される事になっていたりすると、もう約束したその瞬間から胃が弱る。我ながら本当につまらない性分だ。

 

そのわりに悩みや失恋とかでは食欲がなくならないタイプである。離婚したときですら普通にバクバク食べていた。私にとって、悲しみと食欲はあまり関係がない。

 

最近の私はこの世で最たる嫌いなものに君臨する歯医者に通っているため、毎週予約日がくる前夜は元気をなくしている。夕飯なんか食べてる場合ではない。2ヶ月通ってるのに毎週辛い。これまで生きてきた中でのプレッシャーの最高潮は開業時で、その時は食べられなすぎる日々が長くて何キロも痩せ、医者にまで行ったが、まあ普通に考えてこの時のプレッシャーは正常であろうから話は別だ。

 

何が言いたいかよく分からなくなってきたが、私と約束をした上で食事に行く方々よ、もし私があまり食べていなくても決して「口に合わないのかな」とか「何か怒ってる?」「具合悪いの?」とか思わないで欲しいのだ。是非スルーして下さい。そういう胃の人なのだ。

 

余談だが長女、次女共に妊娠中は壮大なイレギュラーな事態であった。いくらでも食えるぜ…!という食欲オバケ状態であったので、ランチなんか2人前くらい食べたい勢いであった。尚、そのせいで20キロも肥えたからこそ今体重が元に戻らず膝が痛くて困っている。

流行り病

唐突だが、私はバーバパパが好きである。

その事について、仮にAさんと話していたとする。私がAさんに「Aさんはバーバパパ好きですか?」と尋ねたとしよう。

Aさんの返事が「好きですよ」でも「嫌いです」でも「いや、考えたことないな」でもなんでも良いのだが、その返事の内容によって私のAさんへの感情はどうなるであろうか。

 

例えば、Aさんの返事が「好き」だとするなら

あら奇遇ね分かるのね、あの丸さが良いのよねなどと共通認識について語りあったりするかもしれない。その場が盛り上がり楽しいおしゃべりをするであろう。その際のAさんへ思うことというのは「Aさんもバーバパパ好きなのね」という感想である。後から思い返すとしても、「あの時Aさんとバーバパパの話で盛り上がって楽しかったな」という感想である。

 

これが「嫌い」だとしても同じことである。「ふうん、Aさんは嫌いなのか」という感想だ。共有できないことで残念な気持ちは多少わくかもしれないが、残念ねというのもまた感想である。

 

「感情」はどうか。

 

はっきり言って、何ら変わりはない。Aさんがバーバパパを好きであろうが嫌いであろうが、そのことでAさんという人について好きにもならないし嫌いにもならない。Aさんという人が親しい友人であるか取引先の気難しい人かまで設定は考えていないが、どういう間柄であるにせよ「感情」はまた別の話である。

 

ただ、もし次のようであればどうであろうか。

 

私がバーバパパを好きなことをAさんは知っている。そしてAさんと別にバーバパパの話などはしていない。ところがAさんが私に「自分はバーバパパって嫌いだね」と主張をしてくるとしよう。

 

「いや聞いてねえよ何だよコイツ」と私は即座に思うであろう。そのときの私の心にはおそらくこのような思いが沸く。

「むかつくな…」

 

この瞬間、感想ではなく感情が動く。そしてこのようなことが続けて繰り返されるとどうなるであろうか。想像するのは容易く、ずばり「Aさん嫌いだわ」となる。感情の積み重ねは思いを変える。

 

今日においてはバーバパパが好きとか嫌いとかでは済まない多くの問題が、人と人との間にはびこっている。そしてそれらの問題は新型ウイルスと同等以上の猛威を振るい、健康面、経済面で人々を追い詰め、生活そのものに介入して人の「感情」を煽る。諸々、自分の考えを突き詰め、これを機に政治や宗教、人権等思うところを発信するのも、やりたい人は好きにすれば良い。断じて言うが、私はそれをしない。そしてそれらをする人たちについて何も述べない。聞かれても答えまい。答えないかわりに答えない理由を一つ申し述べる。沈黙が今の私には言葉より価値を感じる、それだけだ。

 

ここへきて、それまで親しかった者同士に亀裂が入るのをよく見かける。そのつもりがないにせよ、煽られた「感情」がいつの間にやら息吹をあげ、その人その人の人格にすり替わり、人付き合いの采配を振るうからであろう。そう、よく見かけるでしょう?「賛同する人はシェア」とか反対する人は今すぐここに署名を!とかの分かりやすいものから、目には見えないけど人と人の間に引かれていく線が。この意見に同調しているから仲間で、いいね!も押してないアイツはもう仲間ではない!みたいな。

この人は話の分かる人だ、と熱くなってその人のことを全肯定する勢いになっちゃって、ある事について意見が違うとなれば急にこの人はダメだと否定する。それまで構築してきた関係における実体験はどっかいっちゃって。まあ誰しもに少なからず罪悪感というのはあるから、否定する方向で気持ちが動くときはそれなりに良心が痛んだりしてセーヴできることもあるけど(あとは悪い意味で人目が気になってとか)、私は、ある事だけの共感で肯定に突っ走る方が怖いなと感じている。

 

時代がどうであれ、状況がどうであれ、生きるにせよ死ぬにせよ、永遠に変わらないことがある。この世に「義人はいない、一人もいない」のだ。もれなく人間は罪深い。

 

過信をするな、悲観もするな。

 

あなたがワクチンを打つと決めても打たないと決めてもあなたは尊い。店を営業する決心をしても休業する決心をしてもその決心は他人に値踏みされるべきではない。五輪に賛成しても反対してもその意見を抱くまでの思いがあるのだから人に裁かれるべきではない。自国をさげすむ暇があるならまず自分の周りの異なる意見の者をあなどるのをやめろ。あなたにとって「分かり合えないわ」と思うその人もまた、この国の人間だ(別に国籍はどうでもいいのよ、ここでの話は)。自分の身の周りひとつ穏やかに過ごせない者が大声でがなるな。既に政治等に力ある立場の人間でアホな真似しかしない存在について精神を消費するな。やがてそれらは滅びるから。生きてるだけで精神はいつも大変なのにわざわざ消耗しなくて良い。善人も悪人も必ず死ぬのだから。今、置かれている場所で腐らず生きること、そのためには人をそしると出来なくなるよ。

 

「そんな抽象的なきれいごとばっかり並べて単なる主婦の戯言ではないか、早急に憲法云々あれやらこれやら阻止せねばならないし国のトップが変わってくれないといけないのだからそういう話し合いこそ価値があるのだ、お気楽な女め」などとおっしゃる方もおられるであろうが、然り、私は単なるお気楽な主婦として戯言を述べているに過ぎない。そして国のトップについて日々思いを抱いているが、極論どの国のトップと比べたとしても自分の命の価値が劣ることはないので、アホだと思うようなお上のために下々の者同士という立場で論じ合うだけの時間をささげるつもりもない。SNSで激しい論じ合いをよく見かけるけど、そこまでお上にささげられるような立派な下々の者であるなら出馬されてはいかがだろうか。投票しねえけど。

 

感想と感情、思いを分けろ、明確に。些細なことから訓練できる。

 

うむ、それでもバーバパパが好きで更にイコウワイス(俳優)が好きでNARUTOが好きでワインも好きとか好きがあまりにも重なる人にはそりゃ親近感沸きますよ、念のため。

 

とりあえず聞かれてもないのにうるさいイヤなAさんみたいのが減らないと、騒音で目的の音色が聞こえない的な始末になるので心の音響さんを駐在させんといけません。

マイクの音量も大切です。伝えたいからとて、でかけりゃ良いってわけじゃない。うるさいと感じたら耳を塞ぐしかないんだわ。

 

 

ウイルスと共に蔓延しているのは感情が人格を乗っ取る病。その感情の沸きどころを冷静に見つめないと人格ごと腐る。

 

「陰口は食べ物のように呑み込まれ 腹の隅々に下っていく。」Proverbs.18:8

 

あー江の島行ってリースリングラッパ飲みしたい。

はっけよい

4月に第二子を出産し、幸いなことに2人の娘の母になった。妊娠期から感じていることだが、一人目である長女のときと比べ、まるで時間軸が3倍速の設定にでもなっているかのようなスピード感にて今に至っている。おかげさまで順調に新生児期も過ぎ、生後一か月となった次女は、長女と共にすくすくと大きくなっている。

 

その日は深夜0時頃、自宅でウトウトしていたら破水し、登録していたマタニティタクシーで夫と長女と病院へ。家族であっても入口までしか立ち入れないためその場でしばしの別れとなり入院。1時間もすると陣痛を感じるように(この時点では生理痛レベル)。

 

陣痛室で1人、夫や母へ連絡したりしながら「あー痛いなあ……」と思っているうちに子宮口は開いていっていたようで、私自身が「いきみたいなあ」と感じた頃にはもう分娩台へ上れる状態であった。

 

そのときの助産師さんの一人というのがちょっとこう、何というかすごかったので記しておきたい。一言で現すとドスコイって感じだ。まずパッと見で男性か女性か分からなかった。炎鵬のようなキュッとしたドスコイ感という塩梅、これは誉め言葉で言うのだが、山男のようなワイルドさもある。かなり短いボブヘアーで女性かな?と思うが金太郎だってボブだしな…と悩んでしまうような際立ったキャラが陣痛中の私の目を釘付けにした。尚、会話などから途中で女性と判明した。

 

時間と共にいよいよ本格的にいきみたい!となった私は、そのドスコイ助産師さんへ「す、すみません、いきみたいです」と訴えた。すると「ばっちこい!」と返事をされた。なんという頼もしさであろう。こんな頼もしい助産師みたことがない。

 

いざ分娩台にて足を開いている私の横には、まだ20代前半と思われる可愛らしい若い助産師さんがバイタルチェックをしつつ、反対側のサイドには出生のタイミングが近くなりやってきた細身のイケメン男性医師、そして真ん中にはドスコイ助産師さんが中腰で構えておられるのが視界に入る。男性医師は非常に物腰の柔らかい先生で、優しく声かけをしてくださる。

「うん上手上手、上手にいきんでますよ、あともう少しですよ」等々、時折その手をものすごい力でつねり上げてしまう私にも顔色ひとつ変えずに、ひたすら優しい。ただドスコイ氏が控えめにいっても医師の倍はあるタフネスボディーでいらっしゃったため、男性医師は移動するたび姿が物理的に見えなくなるのが不安であったが、かわいこちゃんとアレコレ確認する会話が聞こえてくるのでそこにいるのは確かであろう。

 

「よしきた!さあ~おいで!」

ドスコイ氏の力強いサポートにより次女は私の中からドスコイ氏の手の中へと受け止められ、無事にこの世へ生を受けた。ああ、ごっつあんです……。

 

時計を見ると朝5時であった。0時に家を出たんだよな…移動時間もあったし、お腹痛くなるまでしばらくかかったし…

のちに母子手帳の記録を確認すると、分娩時間は3時間と記されていた。

 

後産が済み、会陰の縫合をイケメンにやって頂いた。妊娠中会陰近くにおできができてしまった私はこの病院の皮膚科にも診ていただいたりしたので「先生、その付近のデキモノどうなっていますか」と聞くと、「うん、確認できないくらい今は傷がグチャグチャになっていますよ~」と優しくグロイことを言われた。

 

面会ができないことからせめてもの対応として、助産師さんが生まれたての娘と写真を撮ってくれることになっていた。かわいこちゃんにスマホを渡し、たくさん撮ってもらった。ドスコイ氏のことも撮りたかったがさすがに言えまい。

 

そのまま2時間、分娩台の上でぼんやりしていた。飲みやすくするためにペットボトル飲料にストローを装着したはずがストローの長さを間違えて分娩中に飲めないという失態であったので、もうふつうにキャップを取ってごくごく飲んだ。長女のときと同じく、私のバイタルは安定を見せ、特に貧血を起こすこともなく、また長女のときは眼鏡をぶん投げて歪ませたが今回は眼鏡も無事であった。

 

すぐにお腹がすいてきた。はて、深夜に入院となったが今朝の食事はどうなるのだろうか…と私は朝食のことが気になり、ちょうど来たドスコイ氏に確認すると「病院自体は7時過ぎに配膳だけどもう食べられそうなの?!イイネ!手配しとくわどすこい!」と、語尾は嘘だが手配をして頂き、私は産後2時間でがっつり食事をしていた。元気に出産ができたのは本当に感謝なことである。

 

さすが国技館のある街、墨田区。特にオチはないが、今回は世の状況に加え、諸事情により妊娠30週での転院というバタバタであったため心配が尽きない妊娠期間であったものの、結果的に本当に素晴らしい出産となったことを覚えておきたく、書き残す。

 

ただし後陣痛や体の軋みは長女のときよりかなりきつかった。体力という体力が枯渇するような感じだ。退院後は悪寒戦慄というのも初めて体験した。今も体力はまだ30%くらいしか戻っていない感覚ではあるが、100%のときというのもそもそもめったにないので、これまで以上にボチボチ暮らしていこうと思う。

カーリー

親しい人には話したことがある内容につき恐縮だが、開業前に4年弱の間住んだ小田急相模原という街において、私はカーリーになっていた。それまで23区から出たこともなく、愛する西荻窪の街を離れてまったく土地勘のない新たな県に引っ越しをするのは、当時の私にとっては大変勇気がいった。大変勇気を出した結果がカーリーだ。今振り返り改めて考えてみても、カーリーとして過ごすことは今後の人生においてないであろうと思われる。カーリーとは?後々詳しく触れるが写真をご確認頂きたい。

 

行ったことのない方のために説明させて頂くと、小田急相模原とはその名の通り小田急線の相模原である。新宿から向かうと、町田の2つ先だ。JRの相模原駅とはかなり距離がかけ離れているので、うっかり待ち合わせ等で間違えると悲惨な目にあうよ。

 

そんな小田急相模原はだいぶ駅周辺が整備され、高級なマンションも立ち並びつつ、スーパーやコンビニにも困らず生活の便は非常に良かった。

 

だがその昔はスケベな野郎共がわざわざ出向くほどのピンク街。名残のある怪しげな界隈をはじめ、パチンコ屋も多く、開店前から列をなす。明らかにお仕事はしていなそうな中高年の皆さまがコンビニ前などにたむろし、真っ昼間でも飲酒をしながら通り過ぎる若人へ声をかけたりしている、そんな街だ。都内だと小岩に通ずる雰囲気を持ちつつ、更には加えて座間キャンプも近いためアメリカ人の方が多く住んでいるのでアメリカンな空気も併せ持つ。ちなみにキャンプのアメリカ人の皆さんは基本上品な方々が多い。

そしてなぜか、アフリカと中東の方々も多いのである。深夜に白装束の男性陣がコンビニの駐車場に集まり物々交換をしていたり、絶対にお酒ではなかろうと思わしきテンションの上がり方を見せるもはやナニ人か不明な黒人の方々など、過去に大久保で働いていた時もカオスを感じたがまた種類の異なるカオスを存分に感じさせてくれる街であった。カオスが好きな方にはオススメだ。

 

そして、少しばかり様子のおかしい方々、というのが非常に多い街でもあった。上記の皆様方は、分かりやすくガラが悪かったり怪しかったり下品だったりしておられるのだが、ここでいう様子のおかしい方々、というのは日本人で、一見普通の身なりで、例えば同じ電車に乗っていて改札を出るまで至って普通であったのに突如「ウォォォォォ!!!」と叫んで全力疾走をしたり、スマホで喋ってるのかな?と思いきや1人でにこやかに会話をしていたり、通りすがりの犬に突如大激怒したり、駅前の広場で「エクスカリバー!!」と叫びながら暴れたりするような方々である。そのような方々に、毎日といって良い程遭遇する。当時の自宅は駅から大通り沿いを1本道で、徒歩8分位であったが、時には8分の間に3人程遭遇する。繰り返すが、カオスが好きな方にはオススメだ。

 

説明が長くなってしまったが、数年住んでいるとこちらも慣れてくるというもので、あまり気にならなくなってくる。次第に、怪しいと感じる感度が低くなるため来たばかりの頃なら少々距離をとらせて頂くような方が近くにいても何とも思わない。そんなある日、私は出勤しようと駅へ向かって歩いていた。遅番だったので、昼過ぎのことである。

 

その横断歩道には、「道行く車へ深々とお辞儀をし微笑む女性」というのがよくいた。もう見慣れていたのでどうとも思っていなかった。あれ、今日はあの女性いないなーと思った。その瞬間である。

 

信号待ちの際、ハッ!と気付いたときには背後、5センチもないのではという至近距離にその女性が立っていた。女性は目を見開き、私の背後でハアハアしている。

 

眼鏡をかけ、変に奇抜でもないおとなしそうな女性である。そして手を合わせ、すりすりしながら何かしゃべり出した。

 

はっきり言って、びびる。早く渡りたい。何を言っているのだこの人は。最初のうちは何語かよく分からない言葉をずっと早口でまくしたてていた。

そしてだんだんとテンションが落ち着き始め、こう言っていた。

「カーリー様、カーリー様、何卒よろしくお願いいたします…」

 

ええ?!思わず顔のこわばる私に、女性は「お気を付けて行ってらっしゃいませ」と深々とお辞儀をした。信号が変わったのだ。

 

そそくさと渡りつつ、しばらくして振り返ってみてもまだこちらへお辞儀をしていた。それからである。以降、道で遭遇すると私は「カーリー様…」と拝まれるようになった。

 

たまに、遭遇したくないので遠回りになりつつもわざと反対側の歩道へ渡ってから駅へ向かうこともあった。だが、女性は遠目にでも私を確認すると深々とお辞儀し拝んでくるのだ。カーリーを見逃さないのである。

 

真面目な話、それで家や職場に付いてこられたりしたら警察に言わねばならないが、とにかくその場所でのみの話であったので、私も特に何もしなかった。

カーリー様と呼ばれるようになり、こちらもカーリーについて調べざるを得ない。ざっくり言うと、ヒンドゥー教の神々の1人で時間と殺戮と破壊の女神、今も南インドでは毎朝生贄として山羊が捧げられており、19世紀まで実存した殺戮を教義とした秘密結社で信仰されていた。かの有名なシヴァ神の妻である。図説によると人間の腕でできた腰みのと生首でこさえたネックレスを装着し、真っ青な顔身体で、夫のシヴァを踏み付けている。カーリーがとある戦にて勝利し、喜びのあまり激しく踊り過ぎ、その踊りで世を破壊しそうになったため、自らをクッションにとシヴァが踏まれているらしい。

 

どういうことか。夫を踏みかねないところしか合ってはいないではないか。私は青くはない。どちらかというとケロッピやガチャピンに似ているとよく言われるため、黄緑である。尚、何か他にカーリーという名のファンシーなキャラでもいるかもしれないと思ったが、女性はサンスクリット語でオームと書かれたグッズで身を固めていたため、おそらくシヴァの嫁が固いと思われる。とはいえ私は山羊どころかラムも食べないし、夫が破壊的ニュアンスを持つのは通ずるかもしれないが、とりあえずカーリーではない。でもカーリーなのだ。

 

特に関わることもなく、一方的に日々拝まれながら、オダサガを去った。今頃あの女性はどうしているだろう。

 

ウケる話で終えたい一方で、カーリーを拝むその心を思うと少し胸が痛む。インドなど土着信仰している背景では、日本人の我々が神社の祭りにベロベロで行くのと同じで単純に生活に密着している。そしておそらく、本来のカーリーを信仰する宗教ともまた形を変えてしまったものと化しているのはいうまでもない。

 

少なからず心の病んだその人が、拝む神として選んだのにはそれなりの準備があったであろう。準備、とは即ち情報を自ら仕入れたということだ。ファッションで触れるヒンドゥー教ではなく、信仰に至るまでのヒンドゥー教とは日本ではあまりにも身近ではない。ましてや掘り下げればすぐ分かる通り、ヒンドゥー教においてカーストは色濃く、他宗教からの改宗は認められてはいてもカーストが最も低くなることを踏まえると相当の気合を要する。土着で信仰のある人ですら最下のカーストの場合は何かと辛くて、それが嫌で他へ改宗するくらいである。

ヒンドゥー教で育ってくれば単純に馴染み親しみもあるであろうが、信徒以外からすれば殺戮の面が特に強調されたこの女神を、この大人しそうな女性は拝み、そして通りすがりの見知らぬ私に重ねるというなら、もしかすると想像もできないような憎しみやトラウマがあるのかもしれない。破壊に沿うならそれこそ教理としてもシヴァ神の方が位も高いのに、カーリーであるのは女性性への安堵もあるのかもしれない。色々とお節介に、思いを馳せてしまう。

 

なんか前半オダサガディスりましたけど、今となってはめっちゃ行きたい場所のひとつです。初めてイチから自分で動いた街だから。そして出会った方々と、今も繋がっている。大好きな人がたくさんいる街です。

 

f:id:megumiiguchi94:20210313071522j:imageまあカーリーなんですけどね。

 

墨田っ子になりました

去年の秋、両国へ引っ越しをした。よって現在、墨田区民である。

 

率直に申し上げて、今の家が過去最高に居心地が良い。なんかずっと住んでた気がする。

 

はっきり言ってボロだし狭くて古いマンションなのだが、なんというか「気」とでもいうべきか、外観の薄暗さとはうってかわって、住んでいて快適なのである。特に現在、コロナ以前の問題で娘と家で過ごす時間が増えている私にとって、家の中が心地よいことは本当にありがたい。

 

物件のクオリティーでいえば、神奈川時代がもっとも良かった。夫婦二人で3LDKを贅沢に使い、いろいろな設備も充実していた。でも、マンションのある並びで発砲事件があったり、このご時世で敷地内の植込みにエロ本が落ちてたり、生きてるのか死んでるのかも分からない超高速のおばあさんに出くわしたり、何より当時の夫が勤めていた会社の社長が同じ階に住んでいるという気の休まらなさであった。当時は毎日が泥酔だったからそれで平気であったが、シラフだったらやってられない。今考えると最悪だ。

(めちゃくちゃ面白かったんだけども)

 

 

おそらく、場所として気の良さを感じる要因に、「健全に、健全な、人の出入りが常にある」ことが挙げられる。毎朝、決まった時刻に住人の皆さんの出かけていく生活音が聞こえてくる。幼稚園だかに行くのであろう子供がぐずり、そのお母さんの焦る声が駐輪場から聞こえたり、住人同士が廊下などでバッタリ会ってか、おはようございます、と挨拶している声が聞こえたり、ベランダに出ると隣りのおじいさんは8時頃決まってお線香をあげる匂いがしたり、お散歩にワクワクした犬に遭遇したり、リズムある日常をそれぞれが送り、そしてそこにやましい雰囲気がないということなのであろう。

 

また、もう片方のお隣さんは大家さんであるが、大家さんも非常に感じの良い方々で助かっている。古さゆえに配管についてのトラブルがさっそくあったりしたが、快く速やかな対応をして下さるし、このマンション自体の電気、ガス、水道といったライフラインのあれこれを担う業者さんはいつも決まった方でとても気さくだし、業者さんと大家さんの繋がりがしっかりしているためどちらかに連絡すれば事足りるのも有難い。まあうちの場合はすぐ隣りなので大家さんに直接話すこともある。何よりそれを気兼ねなくできるお人柄であるのが心地よく、安心して過ごせる理由となっていることには間違いない。

 

そして、これは単にラッキーなのだが、外観、建物の古さのわりに我々の部屋にはウォシュレットや風呂の追い炊きがリフォームでつけられているので見た目より文明の取り入れられた部屋といえる。更には過去に近所で騒音があったとのことで(今は一切ない)当時に窓が二重サッシに換えられており、遮音性が抜群である。今後再び新生児を迎える我が家としては非常に頼もしい。おかげで冬場も暖かかった。(その分、きっと夏は暑いかも!)

 

また、オートロックであることやベビーカーユーザーとしてはエレベーターの有り難みに日々感謝している。何よりペット可であり、その上家賃はこれまでより数万下がったのでなんかもう好きすぎてどうしようってくらい家が好きだ。最近では大家さんのご厚意で全部屋にJ:COMも導入されたり、公共部分の掃除が常に行き届いているのも本当にありがたい。また掃除のおばさんもにこやかで心地よい。

 

桃井の原っぱのように芝生のある公園はないが、徒歩圏内に公園が多く、スーパーも困らない。またちょっとした買い物や美容院は錦糸町でほぼ事足りる。

 

国技館は歩いてすぐなので、産後もろもろ落ち着いたなら朝から焼き鳥でも買って、ビール片手にダラダラと相撲を見たい。

 

東東京は西東京に比べ良くも悪くもチャキチャキしている印象がある。同じ東京都内でも空気感が違うなぁとよく思うのだが、まだまだ4年ながら東東京の空気がだいぶ愛おしくなってきたと感じている。

 

たまには西荻にも帰りたいんだけどね。東東京、楽しいよ。